中小企業の生存戦略:「粗利」を最大化するための財務思考法

「今月も売上目標達成できた!……でも、利益は」

経営者の方と対談していると、こんな溜息を耳にすることがあります。

現場の営業スタッフが必死に汗をかき、契約を勝ち取ってきても、結果として会社が豊かになっていない。この「違和感」の正体こそが、今回お話ししたい「粗利(売上総利益)」にあります。

 

私はかつて営業の世界に身を置いていたので、契約を一つ取るまでの苦労は痛いほど分かります。だからこそ、あえて厳しいことを言わせてください。

「売上は、粗利を稼ぐための『手段』である」

今回は、中小企業が最もこだわるべき数字「粗利」について、改めて考えてみたいと思います。

なぜ「粗利」が、あなたの会社を救うのか?

一言で言えば、粗利は「あなたの会社の付加価値」そのものです。

どんなに素晴らしい売上高を記録しても、粗利が0円なら、それはボランティア活動と同じです。極端な話、売上が少なくても、十分な粗利が確保できていれば、社員の給与を支払い、次の一手への投資を行うことができます。

特に私たちが支援している年商1億円〜10億円規模の企業にとって、粗利の確保は「生存戦略」に直結します。なぜなら、大手企業のような「薄利多売」の体力勝負に挑むのは、あまりにリスクが高いからです。

「1%」の改善がもたらす、驚きのインパクト

私はクライアントの社長に、「粗利率の1%に命をかけてください」とお伝えすることがあります。「たった1%で何が変わるの?」と思われるかもしれません。しかし、数字の持つ力は絶大です。

例えば、年商10億円の企業があるとします。

この会社で粗利率を「1ポイント」改善できたらどうなるでしょうか。

10億円 × 1% = 1,000万円

それだけで、営業利益が1,000万円上乗せされるのです。

この1,000万円を売上増で補おうとすれば、粗利率が20%の会社なら5,000万円、10%の会社なら1億円もの追加売上が必要になります。

追加の広告を打つことも、営業車を増やすこともなく、社内の「創意工夫」だけで1,000万円の利益を生み出せる。これこそが、中小企業が目指すべき「効率的な経営」の姿ではないでしょうか。

「言うは易く行うは難し」という言葉が聞こえてきそうですが、でも、それほどまでにこだわる価値があるものなのです。

「額」と「率」のジレンマをどう解くか

粗利には「額」と「率」の二つの側面があります。

 

  • 「額」が足りない場合: 単純に仕事量や客数が不足しています。
  • 「率」が低い場合: ビジネスモデルや仕組みに問題があります。

 

現場でよく見かけるのは、「額」を追うあまり、安易な値引きに走って「率」を落としてしまうケースです。

これは「忙しいのに儲からない」という最悪のスパイラルへの入り口です。

中小零細企業は、大手のような消耗戦を戦ってはいけません。私たちが提供すべきは「安さ」ではなく、顧客が「その金額を払う価値がある」と納得できる、独自のサービスや信頼感です。

粗利率を改善するための「二つの処方箋」

では、具体的にどうやって粗利率を高めていけばよいのでしょうか。方向性は二つしかありません。

1. 「適正価格」への挑戦

値上げは怖いものです。「客が離れるのではないか」という不安は、私も経営者としてよく理解できます。

しかし、原材料費も人件費も上がっていくことを前提に置くと、価格を据え置くことは実質的な「自分たちへの減給」です。

自社のサービスの価値を再定義し、満足を与えられる付加価値を乗せて、正当な対価をいただく。この勇気が、会社を強くします。

2. 「原価」の徹底的な見直し

仕入先とのパートナーシップを見直したり、製造工程のムダを省いたりすること。

これは単なるケチではなく、プロとしての「磨き込み」だと言えます。

1円を削る努力が、先ほどお伝えした「1,000万円の利益」に繋がっていると想像してみてください。

データで自社の「現在地」を知る

中小企業庁の「中小企業実態基本調査」などの集計データを見ると、業種ごとの粗利率の平均値がわかります。

 

売上高総利益率

自社の数字が業界平均より低いのであれば、そこにはまだ「伸びしろ(工夫の余地)」がたっぷりあるということです。逆に平均より高いのであれば、それはあなたの会社の強力な「武器」です。その武器をどう磨けば、さらに利益を積み増せるかを考えてみましょう。

最後に:数字は、社員を守るための「愛」である

粗利を追求することは、経営上とても重要なポイントです。 十分な粗利があるからこそ、社員にボーナスを出し、新しい設備を入れ、より良いサービスを顧客に届けることができるわけです。

つまり、粗利は「関わるすべての人を幸せにするための源泉」なのです。

 

「今の粗利率、もう少し何とかならないかな?」
そんなふうに感じたら、それが改善の第一歩です。

 

どんぶり勘定から脱却し、数字を味方につけて、より自由で力強い経営を目指していきましょう。

アセントリードは、あなたの会社の「価値」を数字に変えるお手伝いをさせていただきます。

 

頑張っていきましょう!

 

− 大村剛史

信用保証協会に情報が正しく伝わっていますか?

先日、信用保証協会に行ってきました。
といっても私一人ではなく、クライアントの社長と二人で訪問。
正しくは、クライアントの社長と信用保証協会との面談に私が同席したということになります。

 

このような場合、同席を断られることもあるのですが大丈夫でした。

面談用の部屋には、「会社関係者以外の人は、「交渉」のための同席はできない」という内容のポスターが貼ってありました。
「今回は交渉のためではなく、会社の情報を正確に伝えるために来た」と伝えたところ、同席オッケーとなったのです。

保証協会へ訪問する

ところで、なぜ保証協会に行ったのかということなのですが。

 

以前から保証協会の担当者から社長に対する風当たりが異様に厳しかったんです。

普通では考えられないようなことを言われており、何かあると思っていました。

 

さて、登場人物がもう一人います。
メイン銀行の担当者です。
この担当者が、、、こう言っては何ですが私がこれまでに接した銀行員の中でも間違いなく最低。

 

過去の融資実績を見ていてもある程度感じていたのですが、自分の成績に繋がることだけを考えて融資先(クライアントの社長の会社)のことは一切顧みない。
むしろ自分が担当している間に成績を上げられるだけ融資しておいて、担当が変わったら倒産しても構わない。
そんな気持ちがミエミエでした。
考え方がまるでヤミ金。

 

そんな担当者と私の関係が良いはずがなく、先方の要求をことごとくはねのけていたんです。
そうしないと会社をズタズタにされてしまいますからね。

そういう状況の中で保証協会の担当者からクライアントの社長に対して風当たりがどんどんキツくなっていっていたのです。

保証協会に正しく理解してもらうの説明を

保証協会の担当者には、現在に至るまでの融資実績と返済状況の資料とメイン銀行とのやりとりを時系列にまとめた資料を提示しながら、ここまでの経緯を説明しました。
その上で、今までの経緯から察するに何らかの誤解があったのではないかと話しました。
担当者は知らなかったことが多かったようで、資料を何度も見返していました。

 

それ以降、保証協会からはこれまでのような厳しい言動は収まったのです。
結局、メイン銀行の担当者が保証協会に対して自分の都合のいいように話をしていただけのことなんです。
自分の不手際や不作為をすべて融資先企業のせいにしていたんです。

 

このようなことは、過去にもありました。

 

こちらが要求したことに対して「保証協会がダメだと言っている」ということが何度も続いたのです。
担当者にとっては若干面倒な仕事ですが、けっして無理な要求ではないはずです。
こんなことで保証協会がここまでかたくなに拒否するとは思えませんでした。

 

この時も私は保証協会に行って確かめました。
結果は、銀行員が嘘をついていたのです。

 

会社の社長にとっては、銀行ですら別世界なのに信用保証協会というと異次元の存在といった感覚ではないでしょうか。

 

確かに、通常は「会社 - 銀行 - 信用保証協会」という関係になるので、社長が直接信用保証協会と接することはほとんどありません。
しかし、そこがタチの悪い銀行員にとって狙い目になるのです。
銀行員は、自分の都合のいいようにしたいがために、「保証協会がダメだと言っている」などと言うことがあります。
異次元の世界からダメと言われている、となると「そういうものなのか」と受け入れてしまいがちです。

 

このようなことがあるので、何かおかしいと思ったら保証協会へ乗り込んで、直接説明しましょう

 

実際に行ってみると、嫌がられることはありません。
もちろん異次元の世界でもありません。
むしろ社長から直接話が聞けるので保証協会にとってもメリットが大きいのです。

 

銀行からの話だけだと間接的な情報なのでどうしても内容が薄くなります。
社長が自分で説明することで、あなたの会社をより深く知ってもらうことができますし、相手には社長の人柄や発する熱量が伝わるのです。

 

金融機関と対等な立場で付き合うために、有効な手段として活用してください。

 

怖がらずに信用保証協会へ行きましょう!

 

 

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- 大村剛史